いずれの御時にか。
ある日の午後、母親が夕飯の買物に出かけました。行き先は近所の個人商店。自宅前の道路を70メートルほど歩いた後、右に曲がって数メートルの場所にあるお店でした。
母はすぐ戻ると言っていたのになかなか帰って来ないので、外に出て家の前の道路で70メートル先に母の姿が見えないか今か今かと待っていました。しかし、なかなか母は姿を現しません。
そのお店では知り合いに会うことが多いので、誰かと話し込んでいたのかも知れませんが、小学生だった私にはそれが理解できませんでした。
暇だな、と思いつつも家の中で待つのにも飽きていたのでそのまま道路にいると、母が出かけた逆の方向から自転車に乗った知らないおじさんが来ました。
おじさんは私の前で止まり、話しかけて来ました。何か道を聞いている感じだったのですが、よく聞き取れないので首を傾げて「わからない」と言いました。するとおじさんは、自転車にまたがったまま自分がやって来た方に向き直し、私を手招きして「ちょっと来て」と言ってきました。
私はためらってその場に立ちつくしたままでしたが、おじさんは自転車を徐行しながら何度も手招きをして来ます。そんなに遠くには行かないのかな…とおじさんの跡に着いて行きかけた時…。

ふと振り向くと70メートル先の角から母が歩いてくるのが見えました。咄嗟に私は母に対して腕を上げて大きく手招きをしました。母ならこのおじさんが行きたい場所を教えてあげられるかも知れないと思ったのです。
それを見たおじさんが「誰?」と聞いて来たので「お母さん」と答えると、おじさんは自転車を漕ぎ出してどこかへ行ってしまいました。え?
ちょっと待ったりーな!!!
と思っているうちに私の元に来た母が「今の人、誰?」と言うので「知らない。道を聞いてきたみたいだけど。何か、こっちに来て、とか言われた。」と答えると、母は怪訝そうな表情でした。
この出来事を思い出すたびに、
(あのおじさん、私に触れたりしなかったし、ただ本当に道を聞いて来ただけなのでは?)
と思ったり、
(母を見た途端に去って行ったのが怪しい。誘拐されて殺されてしまったかも知れない?)
と思ったり。
それ以降、おじさんを見かけることはなかったので結局真相は謎のまま。何だったんだろう…。

